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【3度目の正直】 ハンター北壁ムーンフラワーバットレス / Begguya, Bibler-Klewin

by yudaisuzuki

https://www.youtube.com/watch?v=lntiHslbgwo&feature=youtu.be
20分のドキュメンタリー動画はこちら

 

 

【ムーンフラワーバットレス 手記】 (読了まで:5分)

 

13ピッチ目、悪名高いタマラトラバースをやっとの事で終え、日の長いはずのアラスカの太陽も、もうすっかり沈みかけている。

僕らは16ピッチ目の快適なアイスバンドまで、僅かに届かず、畳半分に満たないスペースをグダグダとアックスで削り始めた。青氷は硬く、しっかりと力を込めなければビバーク出来るほどの平らなスペースは作り出せない。残された最後の力を振り絞り、なんとか3人が足を伸ばして腰掛けるスペースを無理矢理確保した。690gの超軽量テントを用意していたものの、それはこの先のアイスバンドと呼ばれる比較的広大なバンドを想定して持ってきていたので、そこに辿り着けなかった僕らはテントを広げる事さえできなかった。ウトウトしながらスープを作り、厳しいお座りビバークの始まりである。

 

あと少しだけクライミング 能力があれば…、あと少しだけ体力があれば…、あと5センチでも氷が発達していれば…、頭の中を色々な事がよぎるが、しっかりと体を休ませられない状況で明日以降あと20ピッチ近くを登る事は絶望的に思えた。

僕らの実力や今年のルートの状態を考えても、もうこのルートにトライする事はないかもしれないな…などと考えながら、2回目の敗退が決まった。


ベースキャンプに戻り、怠惰な生活を送る事約1週間、朝はチョコレートシロップをたっぷりとかけたパンケーキ、昼夜はチーズを贅沢に使ったブリトー。

間違えて水を入れ過ぎたら偶然にレシピを見つけ、定番メニューと化した本場ネパールのようなダルバートなど、下界にいるよりも豪勢な食事を食べ続けた。

そうした日々を過ごしていると自然とモチベーションが復活してきた。
快晴の日にレストをしていると、自然と罪悪感すら湧き出てきた。

 


キッチンテントの会話では、氷結が悪いムーンフラワーの状態も考慮し、より核心ピッチが少なく、壁の弱点をついたデプリヴェイションに照準を変更して、兎に角1つのクライミング を成功させようという案と、やはり既に2回トライしたことで、ある程度状況も知ってはいるが、難度の高いピッチが多いムーンフラワーを逃げずにトライしようという案が交錯した。


個人的には、氷結状態が心配なバーチカル〜ハングの130mの純粋なアイスピッチ(=通称シャフト)を擁し、かつその状態をまだ確認できていないことから、ムーンフラワーは可能性がかなり低いと心配していた。

一方で、ルートの約半分を既にトレースしているため、心理的なアドバンテージは少なからずあるという迷いを感じていた。議論を重ね、そして葛藤の末、ムーンフラワーへの再トライをすることで合致した。吉田がムーンフラワーを心底登りたがっていた事も大きかった。
そして、3回目のトライで成功しても失敗しても、まだ残りの日数があるので、この次はデプリヴェイションを登ろうという算段であった。

アラスカンサーモンの調理に取り掛かる吉田一貴
“トマトソースとアメリカンチェダーチーズのカヒルトナリゾッタ” もちろん、パルメジャンチーズで追いチーズのトッピングあり。
原宿の人気店と戦える美味しさの “ハーシーズチョコレートパンケーキ、アメリカンバターとマンダリンオレンジを添えて”
食べている間に次のを焼くシステムだ。
 ブラックビーンズのダルバード、トルティーヤをナンにして食す。即興アイディアが生んだ奇跡。
カヒルトナ氷河に現れた神様2人。特大ハムの塊を頂き、皆で焼肉。



これまで2度のトライの反省を生かし、まずはベースキャンプでの生活から改めた。夜まで起きていると、アタック日に早く寝ようとしても寝付けないので、毎日5時にはベッドに入るよう心がけ、そこから逆算して3時には夜飯を作るよう規則正しい生活を送るようにした。ギアも余裕を持ってパッキングし、アタック前日は全力でリラックスに努めた。

アタック日は0時起床の1時45分発。8時間はシュラフに入っていたが、緊張やアラスカの白夜の影響か、やはり余り眠れなかった。1週間のレストを挟み、体がうずうずしている感覚が自分でも良くわかった。

 


深夜とは言え、真っ暗ではないが、ヘッドランプを点けて、スキーで出発する。昨夜の降雪が酷く、今までのアプローチより1.5倍も時間がかかった。


しかし壁に取り付けば、1stアイスバンド
までは慣れたルートだ。プロテクションも快調に省き、良いスピードで進んでいく。プラウも2ndトライ時にフリーで越えているため、スピード重視、省エネ重視のフリー&エイドのミックスで超えてゆく。

唯一、アイスダガーの氷がないピッチで、前回トライ時よりロープを伸ばそうと欲が出て、逆に時間を喰ってしまうが、それでも大分スピーディーにタマラトラバースを超え、アイスバンドまで到達した。しかし、やはり体はそこそこ疲れている。

 


アイスバンドのビバークポイントは前情報より快適そうなものではなかったが、2時間以上念入りに整地し、タイベックシートで雪面を拡張した事で、しっかりと2.3人用テントを張ることができた。中に入るとそこはまさに天国。

前回のお座りビバークとは雲泥の差で、中にいるだけで体が回復していくことを実感できた。しっかりとスープを飲み、尾西のアルファ米を1人1食食べ、2人用のシュラフに3人で入る。久しぶりに感じる温もりと、横で休める事に感謝すると共に、今回こそは!という強い思いが込み上げる。目が覚めると既に7時半を回っていた。途中で殆ど起きる事なく、ノンストップで6時間も眠る事ができた。前回のような悲壮感がまるで無く、ある程度フレッシュな体で次のピッチにトライできる事が嬉しかった。


しかし、早速クライミングに取り掛かると、シャフトへのアプローチピッチがかなり悪く、10mのベルグラ登りやトポにない振子などで時間を喰ってしまう。


そしてシャフトに辿り着いたと思ったら、1ピッチ目から、どうしても越えられない3mのハングが出てきた。ひたすらに手掛かりとならない雪を除雪する吉田をビレイしながら、時間が過ぎ、焦りを感じる。

チョックストーンを超えるための氷と雪がないようだ。消耗も激しそうなので、選手交代し、登り返す。既に吉田が探った右と左脇は諦め、ルートから2m、背中側に無理やり迫り出したところに僅かなリスを発見。1番短いハーケンをねじ込み、凍った下向きのクラックにトライカムを決め、祈りながらスリングに立ち込んだ。マントルを返そうにも手掛かりとなる雪も乏しく、足も手も神に祈る状態となる。何とか数秒耐えている間に、片腕を思い切り振ると、手掛かりとして使えそうな雪にヒットし、ハングを越す事ができた。ギリギリ敗退は免れたが、このピッチを全員超えるのに3時間40分が経過し、体もかなり消耗してしまった。

この先もシャフトは続くが、1p目のそれに比べたら大した事はない。今日は3rdアイスバンドまで行きたかったが、欲張らずに2ndバンドでビバークする事とする。

 


前評判では2ndバンドは狭いとの事だったが、絶妙な吹き溜まりを見つけ、殆どはみ出す事なく、テントを張る事ができた。今日しっかり寝る事ができるのは大きい。

 


3日目、2日連続の長時間行動もあり、疲れは隠せないが、今日は気合いで乗り切ろうと起床。やはり横になって寝れると朝はキビキビ動くことができる。ここからはビバーク道具を持たず、最低限の装備でアタックする事にした。
出発してすぐ、ビジョンを登っていると、殆ど同タイミングでベースキャンプを出た種石さん増田さんチームが懸垂下降で降りてきた。デプリヴェイションからバットレス頭まで成功させたようで、我々も勇気をもらう。

 


恐らくルーファイを若干間違え、オフルートとなったが、それほどロスなくビジョン、その次のクーロワールを済ませ、アイスバンドへ。

 

ここにきて50度の鉄のように硬い氷がキツイ。生半可な振り方ではアックスは刺さらず、靴もしっかりと蹴り込まないとスリップする。場合によっては同時登攀でと、考えていたが、メンバー全員の疲れ具合も考慮し、殆どスタカットでファイナルロックバンドの基部まで。この50度のアイススロープでここまで消耗するのは、誤算だったが、後は本当に気合だ。ぐいぐいランナウトし、7〜80度のアイスランペを登ると、最後の最後の核心、Bibler come again Exitが見えてきた。

 


明らかに氷がないが大丈夫だろうか。3センチ以下の氷を頼りに10mランナウト。こんなところで落ちれば怪我では済まないだろう。焦らず丁寧に、クランポンを優しく蹴り込む。最高の集中力で最後のチョックストーンを越す事ができた。安心したのも束の間、ロープ一杯ぐいぐいと伸ばし、カムでビレイ点を作成。壁のみの初登の、Stump / Aubreyの到達地点は超えただろうか。吉田と西田を迎え入れ、協議の結果、残りの50度のアイススロープ200mは登らず、ここから下降する事とした。今回は壁のみを元々のターゲットとしていたことと、登ったところで、本当のハンターの山頂はまだまだ先であり、ハンター登攀の歴史上ここを終了点としているパーティーもいるという事からの妥協であった。2回も敗退している僕らの実力と、今のルートコンディションからいうと、充分満足できる結果であっただろう。生憎、無理して何としてでも、アイススロープを気合いで捻じ伏せようという程の強靭なメンタルは持ち合わせてなかった。


BC下山後に判明した事だが、吉田の親指の凍傷も酷くなり始めていたようで、ここから下降を始めていて本当に良かった。ここに着いた時には既に紫色になり始めていたのだろうか。

急いで下降に取り掛かるが、あたりは暗く、スピードが出ない。2ndバンドで3時間の休憩を挟んで下降を続けようとすると、片方のロープの真ん中が擦りきている事が発覚。一瞬、降りられないんじゃないかと頭が真っ白になるが、このロープを回収用のタグラインとして使用し、もう1本で降りる事に。回収程度の荷重なら耐えてくれるだろう。いや、耐えてくれないとヤバい。

いつもの懸垂のようにスピードは出ないが、ピッチを短く切ったりしながら着実にこなし、30ピッチを超える懸垂下降で氷河に降り立ったときには、言葉に代え難い安心感、充実感に包まれ、なんとも言えない余韻の中、静かに荷物をまとめてBCへと向かった。
人生で最も達成感のある登攀が、終わってしまった。長いようで短い、短いようでとても長い、濃密な素晴らしき垂直の旅であった。

                                               


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https://www.youtube.com/watch?v=lntiHslbgwo&feature=youtu.be
ドキュメンタリー動画はこちら



【行動概要 略】
Day1
5/5 (※25時間25分行動 6時間5分睡眠) 20時間15分実働
0:00起床 1:45BC発 4:00マグズスタート取り付き着 4:25クライミング開始
12:30プラウ終了 19:15タマラトラバース終了 22:00 1stアイスバンド到着、ビバークポイント整地 01:25 就寝

Day2
5/6 (16時間50分行動 6時間40分睡眠) 12時間5分実働
7:30起床→テント撤収 10:25クライミング開始 13:10シャフト手前巨大マッシュルーム終了 13:40シャフト1p目開始 17:20シャフト1p目終了 22:30 2ndアイスバンド着、整地開始 0:20就寝

Day3
5/7(23時間40分行動 1時間40分睡眠) 20時間35分実働
7:00起床 9:25 2ndロックバンド基部まで登り返し後、クライミング開始 15:30 3rdアイスバンド着 22:00クライミング終了点、下降開始
(翌)05:00 2ndアイスバンド着 (翌)06:20就寝

Day4
5/8(13時間50分行動)
8:00起床、下降開始 20:00ハンター北壁取り付き帰還 21:50BC着

(※行動時間に水作りやビバークポイント整地時間をカウントして記載、実働時間は右に記載)

 

 

 

 

 

 


【行動記録 詳細】
〜DAY1〜
P1 ベルグシュルンド〜岩基部65m

p2岩基部〜4m幅の右上クーロワールを抜け、急な雪田を左へ、カムでビレイ 60m

p3雪田を左トラバース30m。途中で登れそうなミックスのクラックがあるが、これはオフルート。明らかな8m幅のクーロワールまでトラバース。



p4 快適なクーロワールのアイス。60m

p5 ランナーはあまりとれないが快適。吸い込まれるようにクーロワールを抜け、急な雪田を詰めると、スラブっぽい岩に一筋入ったシンクラックにナッツの残置がある。60m

P6 出だし15mくらい登ると、短いが被ったチムニー状のアイスへ。難しくはない。若干のハンギングビレイまでロープ一杯伸ばす。

P7 前ピッチの狭いクーロワールの続きから。
出だし氷が薄く、プロテクションとれない中緊張する80度。10m程登ると、左壁から#0.5がとれる。そのまま狭い地帯を抜け、左へ5m程トラバースしたあと、もう一つのクーロワールWI3を10m程登ると、フィンガーサイズでアンカーを作れる。足場は微妙。

p8 簡単なクーロワールの続きを少し登り、雪田をロープ一杯トラバースすると、プラウの基部へ。プラウにフィンガーサイズを温存したいので、#3などでビレイ点作成。ここでマグズスタート終了

P9 プラウ
スタートは左のシンクラックからが登りやすい。S時を描くようなルートどりとなる。まあまあ決まるピックの先程のクラックを経由し、ちょっとした凹角に右向きでピックを決める。2センチは入る所があるので、思い切ってレイバックっぽくすると、足を上げられたり、右上のアンダーガバに手が届かせたりできるので、テムレスでホールド。#4をアンダーの奥に半開きでキメ、頭上に#0.1〜0.3をキメる。そこから思い切って細かいクラックにアックスを刺し、信じながらジリジリと上がると、横向きドガバに引っ掛けられる。そこからは安定してプロテクションが取れるようになるので、大丈夫。一箇所右足ハイステップしながら、ニーバーになるようなところが少し悪い。コーナーに入ってからは割とスポスポとアックスが決まるので、オンサイト。北海道の銀河伝説よりは幾分簡単だ。小さめのフィンガーサイズが少なくとも3つ以上、ナッツもあると心強い。残置ハーケン20mに4枚ほどありだが、抜けそうなのもある。
抜け口の氷は小さく、ツララをアックスで引っ張りながらスカ雪でのマントルとなり、精神的な核心となる。

P10 プラウ〜ロワダウンでアイスダガーへ。
ユニークなピッチの一つ。プラウのロックセクションから打って変わって、もう一度クーロワールのシステムに復帰する。昔は雪か氷でクーロワールまでフリーで行けたかもしれないが、一面ホールドのないスラブとなっていた。12m程右下ロワーダウンし、氷の末端まで届かせ、そこからフリークライミング で直上する。プラウのビレイ点とリードクライマーの間に迫り出す岩がかなり大きい為、ロープを非常にダラダラとさせないとリードが出来ない。WI3~4程度なので、落ちる事はなく、そのまま40m程登る。

P11 アイスダガーの核心
古い写真で氷がびっしりのところが一部途切れて、岩が剥き出しとなっている。右端の#4〜5サイズのワイドクラックに左肩を突っ込みながら、3センチ程度の氷を頼りに登る。3mほど頑張ると、右の壁にクラックがあり、A2が可能。その後、ホールドの全くない70度のスラブにアイゼンの爪のフリクションと、スポスポ抜ける雪の中からマシなのを探し出して、アックスを信じて4m這い上がる。完全にプラウよりも難しく、悪い。
前のビレイ点から15m程しか出してないが、ロープの屈曲もあるので、この小テラスでピッチを切るべき。欲を出して少し過ぎてから戻ってきてしまい時間をロスした。

P12 薄いベルグラ〜氷のクーロワールでタマラトラバース起点まで。
3センチ程度しかないが、刺してみるとしっかりしている氷などを経由しながら、50m以上ロープを出す。途中クラックからも適度にプロテクションが取れる。タマラトラバースを一瞬通り過ぎて左上に8mほど行ったところに、下降用の残置があるので、そこでビレイ。

P13タマラトラバース
手足ともにスカ雪を信じながら、ひたすらに右トラバース。クラックから適度にプロテクションをとれるが、ボロい所が多いので、チャンスが有れば全部プロテクションを取るぐらいのつもりで。重荷のフォロワーが怖いので、最後の方もスクリューでプロテクションを取ると良い。意外と長いスクリューがきく。ファーストがリード後、スタティックロープをスタートと終了点でfixし、セカンドが重荷を持ってユマール。サードが軽めの荷物でフリークライミング でフォローした。

P14 1stアイスバンドまでのラストピッチ。トポには特に何も書いてないが、出だしの氷が薄く、一瞬だがバーチカルアイスとなり、簡単なピッチではない。2回目のトライ時はここに辿り着いた段階で、水分不足や極度の疲労により、ここをリードする力が残っていなかったが、今回はまだ余力があった。30m程でバンドに出てロープ一杯伸ばして終了。バンド上は雪を払えばどこかに青氷がある。

P15 1stアイスバンド60m。傾斜は50度程度だが、氷が硬く疲れる。

P16 1stアイスバンド続き。左上し、クラックがある岩基部をチョップしてビバークポイントを作成。タイベックシートを併用して、なんとか3人が横に寝れるスペースを作り出せた。タイベックシートに詰める雪氷は豊富にあり、心配しなくてもよかった。ここで横になって6時間休養出来たことが、今回の登攀のキーポイントとなった。690gの超軽量テント、クロスオーバードームに入り、朝晩スープ2杯ずつとBCAAなど水分を多めに補給。尾西のアルファ米を1人1パック、夜朝で食べた。寝袋はイスカのエアプラス430と630を連結し、2人用に3人で入った。疲労もあり、朝まで快眠することができた。

〜Day2〜
P17シャフトへと繋がる簡単なクーロワールを登る。シャフトが明らかなので、大まかなルーファイはオンサイトでも迷わない。

P18
厚さ2〜5センチの薄氷を、はみ出した1番短いスクリューのみのプロテクションで10m登る。そして、巨大マッシュルームの下を落ちてこないように願いながらトラバース。氷の発達が悪く、トラバース起点を大分通り過ぎてから、残置ナッツを支点にして、エイド&アックスで振られ止めをしながらの振り子トラバースとなる。大した事ないピッチかと想定していたが、氷がなく時間がかかってしまう。ロープ流れ悪く、シャフト末端まで15m届かず、チョックストーンにスリングでビレイ。

P19シャフトへのアプローチ雪田15m

P20 シャフト1p目
明らかに写真より氷が少ない。バーチカルに近いベルグラを処理していくと、だんだんと傾斜が増し、やがてオーバーハングしたチョックストーンにぶち当たる。ここに氷がなく、飾り程度に張りついた雪のみで、どうしても越えられない3mが現れてしまった…。体力、時間ともに非常に消費してしまい、もはやこれまでかと思われた。結局、リードを交代し、2人掛かりで、壁から2m程離れた側壁のウルトラシンクラックを頼りにA3のエイドでなんとか這い上がる。ここのピッチでスタートから合計3時間40分もかけてしまった。



P21 シャフト2p目
相変わらずバーチカルだが、足を側壁に置いたりしたら、なんとかなる。1p目を経験しているので、なんて事はないと感じた。

P22 シャフト3p目
薄かぶりの氷が続く。氷は硬い割には刺さり易い氷質で、登りやすいが、やはりパンピーだ。スクリューが尽きたので、核心地帯を抜けた後のテラスでカムビレイ。

P23シャフト最後5mと、2ndアイス最上段まで。
アイスバンドは短く、ロープ一杯でロックバンド末端まで辿り着いた。クラックにハンドサイズで良いアンカーを作れる。
そこから30m程ロープを垂らし、稜線っぽいところの吹き溜まりを整地してビバークポイントとする。昨日よりも大分良い寝床となった。



Day3
P24、右上する顕著なベルグラを詰め切ったところでスクリュービレイ。

P25 Vision 振子を2回するとトポに書かれているピッチ。右壁に顕著なガバとクラックがあったので、そちらに行ってしまったが、上部に残置がなかったのでオフルートかも。ただし普通にM6はあった。プロテクションはグッド。
スクリューを決め、ロワーダウンしながら振り子で左へ8m程。フォローはホールドがあったので、スクリュー回収後トラバースした。

P26 Vision 左トラバース続き。残置があったので、正規ルートに合流したと思われる。
大きなクーロワールに合流し、そのまま吸い込まれるように快適なWI3を登る。

P27
WI4+ 一箇所立っているが、氷質も良く快適。3rdアイスバンド末端まで。

P28
3rdアイスバンド1p目。青氷で、全力で振らないとピックが入らない。60m

p29
アイスバンド2p目 ふくらはぎと肺に堪える。60m

P30
アイスバンド3p目
右へトラバース 60m

P31
アイスバンド4p目
右へトラバース後直上でファイナルロックバンド基部まで。

P32
アイスランペ、初めは氷が薄いが徐々に良くなる。スクリューを切らしてかなりランナウトしながら60m。

P33 Bibler come again Exit
実質のラストピッチ。3センチしか入らないスクリューにスリングをタイオフし、チムニー状に貼った極薄ベルグらを登る。途中チョックストーンに2本、フィンガーサイズをきめるが、墜落には耐えられない気休め程度。結局、3センチ程度だけこびり着いた氷を頼りに、15mランナウトで乗り切った。
残りをロープ一杯登り切って、カムで終了点。
長かったクライミング がここでついに終わりを迎える。
本来はこの先3〜4p、50度の雪氷を登ると、バットレスの頭に出るが、※山頂まででなく、壁自体の初登者であるMugs Stump / Paul Aubreyと同様、(※真のサミットまで行ったBibler / Klewinが本当の初登攀だとする声が多い)実質的なクライミング が終了したこの地点を我々も終了点とする。

 

 

 

・トライカムは有効だった。北海道クライマーとしては、ペッカーを使いたくなる場面も多くあったが、今回は持っていなかった。

・高所でもないので、ガスは余裕あった。しかし理想はもっとよく飲むべき。(後述)

・3人が横になれる保障もないので、あれば半身シュラフ+グレードセブンなど厚めのビレイジャケットが最も有効と感じた。

・クロスオーバードーム690gを初めて採用したが、入り口が壁側になるので、今回のような壁中泊では最高だった。雪を溶かしたりしやすい。

・粗い花崗岩Mix60mを30ピッチ登ると、国内の1〜2シーズンくらいのピックを消耗するので、軽量ヤスリは必須に感じた。時計1つ分の重量にも満たない。ベースキャンプに4本くらい替えがあっても良いくらいだ。

・Bibler klewinに関しては、氷・雪が70%以上なので、二本爪アイゼンがラク。爪は新品がマスト。ベースキャンプに4本くらい替えがあっても良いくらいだ。

 

 

 

 


【食糧】
朝夕尾西1pずつ×2泊×3人=12p スープ1食あたり2杯+α レーション4行動日分

・食料は過不足なかった。レーションは行動時間長いため、日本より少し多めに。キットカット、トレイルミックス、チーズイット、ハリボー、現地のパワージェルなど800kcal程度。先人が述べる通り、柿の種を日本から持参できると良い。グミはシビアな時でも食べやすく良い。アメリカのキットカット甘すぎる気がした。

・朝夜スープ2杯ずつ+お湯+BCAA(計12杯=1600ml)+尾西の水300ml+行動テルモス660ml=2600ml →実感として水分が足りない感じはしなかったが、吉田の足先末端凍傷が示す通り、少なくともあと1Lは摂取すべきであった。

1ヶ月分のBC食糧、実際には生野菜やレトルト食品などを現地で追加購入

生野菜は人参などの根菜が特に有効。緑のものは前半戦は生で良いが、後半は缶でも十分だ。炭水化物はやはり米が美味しいが、パスタ系とトルティーヤは調理も楽で美味しい。緑色の野菜が擦り込まれたトルティーヤは特に気分が上がるし、多分栄養もあるだろう。豆缶でダルバートやメキシコ料理を作るのも非常に良かった。アラスカにいながら、米料理の日本食、豆からダルバート(ネパール)、豆からブリトー(メキシコ)、トマトソースをふんだんに使ったパスタ(イタリアン)、アメリカらしいパンケーキ…とかなりバラエティに富んだ料理を用意することができ、心身の回復とモチベーションの維持に大貢献なメニューであった。オレンジやアップルなどのフルーツも3週間程度は余裕で大丈夫なので、積極的に持っていきたい。

 

【費用】

ドルが高く、また、米国内インフレの為、遠征費用が高くついた。

 

 

【総括】

今回のアルパインクライミングで特徴的だったのが、連日における長時間行動(20時間→12時間→20時間半→14時間)と、その原因ともなったアイスピッチの状態の悪さだろう。特に象徴的だったのが、ルート中最大の核心部とも言える”シャフト”の1ピッチ目を通過するのに、氷結の悪さから3時間40分もかかってしまったためだ。敗退もよぎる内容のピッチであったが、二人掛かりでなんとか突破するので精一杯で、その日は目標の第3バンドまででなく、第2バンドでビバークとなった。一方、事前情報では第2バンドは傾斜がきつく、氷も固くて、満足なビバークポイントがないのではとの事だったが、尾根上に溜まった雪が良い感じに充分あり、しっかりとテントを広げて休養できたのが、次の日の20時間行動を可能にした。これは嬉しい誤算であった。事実、第2バンドにやっとのことで辿り着いた頃には、再び敗退の空気も過ぎっていたが、一晩ぐっすり眠ると、心身ともにある程度まで回復していた。アルパインの大きな壁でビバーク経験の無い我々だったが、壁でしっかり休むことの大切さが身に染みて分かった一つの経験である。今回、日本での準備山行として、滝谷で3泊、富士山頂で1泊、2-3人用の小さなテントで、シュラフ2つを繋げて3人で眠る練習をしていた。当然狭くなるが、重量に対する暖かさは抜群で、尚且つ、元々広々と寝られるような環境がないハンターのような壁では有効だった。しかし、敗退トライ時のように、3人が横になれないときは、半シュラフ+パタゴニアグレードセブンのようなキットがベストかもしれない。シュラフ連結戦法は、3人横になれる場所を何としても見つけて、やっと機能する方法といえる。

一方、これだけ登攀に時間をかけてしまったことは、大きな反省点とも言えるが、今回の壁の状態と、我々の登攀能力を天秤にかけると、ある程度のビバークを覚悟し、伸ばして4日ほど耐えられる食糧を用意したのは良い選択だったと言える。サードはユマーリングでの荷揚げに徹し、20キロ程度の装備を担ぎ上げた。その間にセカンドが次のリードをビレイし、待機している人間がなるべくでないようにタクティクスを考慮した。かつてギリギリボーイズが24時間で壁を抜けているが、今の我々の登攀技術とこのルート(壁の状態も含めて)を考慮すると、それは到底不可能に思えた。しかも彼らはデナリダイヤモンドを登った2日後にそれを成し遂げたというから、心底驚きだ。引き続き、難しいセクションを素早く突破することは大きな課題といえる。ルートファインディングやピッチを切るタイミングに戸惑う時間もまだあり、そのあたりを洗練させれば、時間短縮=&体力節約の余地は大いにある。また、大きな冬壁でハンギングビレイなどすると、ビレイ中に回復どころか消耗していくので、良い足場が有ればロープが余っていても早めに切るなど、その辺りの感覚も養いたい。もしも悪いビレイ点だったら、硬くて少し面倒でも、青氷を削って3センチでも水平な足場を作ると大分ラクになると学んだ。

 

とはいえ、難所、特にP11 Ice Dagger, P20 Shaftを氷がなくとも何とかエイドで突破することができたのは、主に北海道で蓄積したアイス・ミックスクライミングの経験があったからこそと言える。例えば、白岩シャフト2p目(こちらも状態極悪だった)を2時間以上かけて何とか這い上がった経験や、千代志別スペクターを初めはチョンボ棒無しでトライしたこと、斬鉄剣のRPトライ、トレーニングを通してパンプ耐性を上げたことなどは、Shaftの2ピッチ目以降の若干ハングした氷を通過する際にも自信となった。P10のプラウM6-7のレッドポイントには、層雲峡の銀河伝説(こちら未だワントライ、RPしてない)のトライが大変役にたった。日頃から、アルパインルート・スポート系のルート問わず、トップアウトをしておくことが重要だと感じた。

また、今回のような数日間の行動に抵抗がなくなるように、例え一度家に帰ってヌクヌクと休んでも良いので、4日や5日連続の行動を日本にいる時からしておくと良い。例えば今年は、2/26道北笠山バックカントリー、2/27層雲峡開拓、2/28悪天で比布スキー場、3/1単独で層雲峡簡単なアイス、3/2銀河伝説、3/3石狩伝説、3/4プリンセスストーリー、3/5チトカニウシ東面初滑降、3/6チトカニウシホワイトアウト、1日休んで3/8.9石狩岳東面初滑降、3/10.11北海道ツアーに訪れた佐藤裕介さんをアテンドしつつカムイ岩と層雲峡でしっかりMIXと、今年の冬は連続行動をしており、こういった経験が、海外での大きな壁を連日登ることに繋がっている感じがした。北海道での連日行動5日目以降の鉛のように重い身体を叩き起こし、翌日も無理して早起きするサイクルは、ハンターでのそれに非常に似ていたと感じている。例え強度が低くても、例えアクティビティーが若干異なっても、連日動き続けることが大切だ。

また、一見関係なくも思えるが、北海道のリモート山スキー(石狩岳、富良野、知床など)でテントなしでビバークをしつつ行動した経験も、極寒の環境下で体を動かす良い経験になっていたと感じている。事実、正確な気温計で計れた訳ではないが、ハンターでは一番寒くてマイナス27,8度程度だったのに対し、厳冬期の富良野では、スキー出発前の気温がマイナス30度という事もあった。大したことではないかもしれなが、「この気温なら富良野のあれくらいか」と思えたこと自体が、心理的にはアドバンテージとなっていた気がする。

話は変わり、今回ベースキャンプに新鮮な野菜や肉を沢山持って行ったのは正解だった。普段下界で自炊している時の倍くらいの値段を出して、栄養のある食材を惜しみなく沢山持って行ったので、短いスパンで3回ものトライをできる心身の状態に回復させることができた。氷河ではしっかりと埋めれば、生野菜も肉も、殆ど腐らなそうだ。

 

※タルキートナの契約ロッカーに、缶詰や食糧、ガスを大量にデポしてきたので、この記事を読んでくれたクライマーの方に格安で提供する事ができます。ご一報ください。

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